ジェネレーションと政治。


 先日の都知事選では、石原慎太郎氏が予想通り当選した。これに対して、人口比が比較的高く、かつ、投票に積極的な高齢者層の意向が反映してしまい、逆に、若年層の意向が反映されなかった、といった内容のコメントを、やるせなさを込めつつする若者が多い。原発の推進/反対でも、もっと大風呂敷に保守/革新でも、政治の二項対立を高齢者層と若年層に二分化して論じるのは、今に始まったことではない。こうした論議は、それじたいとしては表層的な面白さはあるし、マス受けしやすい分かりやすさ(致命的!)はあるが、偏向していると思う。


 今回の都知事選の年齢層別の獲得票だが、高齢者層(60代以上か)の石原氏への投票率が若年層(20~30代か)のそれの3倍も4倍もあるわけではなかった。若年層でも石原氏を支持する人はおり、高齢者層でも支持しない人もいるのだ。結局は、個人のスタンスによって異なる。


 3.11以後、人心は不安定になった。しかも、既存のメディアの信頼の決定的失墜により、SNSの情報ネットワークへの信頼が、加速度的に増大している。SNSの長所は多いが、既存メディアへの不信があまりにも大きいということと、SNSユーザーは若年層が多いことにより、政治的議論が先鋭化しやすい。そのことじたいは一長一短であるが、先述したような偏向性(先鋭化の傾向が極端化したものだと考えられる)には問題があるのではないか。

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