大飯原発の再稼働について。


 大飯原発の再稼働に反対する人が多いと言われる。先日の朝日新聞のアンケートによれば、立地県である福井県では賛成が36%に対して反対が43%、そして、立地県ではないが近隣エリアである近畿地方では、賛成が29%に対して反対が52%となっている。たった一つのアンケートの結果を見て云々するには統計学的に限界があるが、この数値を見て、反対する人が多いと断じる風潮には、私は大きな違和感を覚える。福島第一原発事故以来のこの1年ちょっとの間で、日本人の原発に対する理解は確かに少しは深まってきたとは思う。しかし、この数値は、やはりこの程度の反対者しかいないのか、と思わせるのに充分だ。仮に、他の原発保有国、例えばドイツやスイスで同じシチュエーションにおいて同じアンケートを行ったとしたら、今回のこのアンケートの結果よりもはるかに多くの「市民」が再稼働に反対しただろう。日本人の民度の更なる向上が望まれる。


 ところで、大飯原発に限らず国内の原発再稼働に反対する人は、政府も電力会社も信頼していないと指摘されることが多いようだ。確かにそういう人は多いと思うし、原子力ムラが信頼されないのも当然である。しかし、信頼の有無以前に、そもそも実質的に世界一の地震多発国であるこの日本で原発を稼働していることじたいが、世界的に見て類を見ない危険性を孕んだ冒険なのだ。もはや大地震の際に放射能の大量拡散を起こさないといえる安全基準など存在しないことは、福島の事故を思い出せばまずは直観的に理解されよう。福島第一原発は1000年に一度の「津波」で壊れるよりも前に、ずいぶんと遠くの太平洋沖を震源とする「地震」で壊れたのだ。


 大飯原発の再稼働に話を戻そう。この問題については、藤村官房長官も関電幹部も「説明不足」と口を揃える。説明を尽くせば再稼働が可能になるという論理は成立しないのにそう発言するということ、そして、「説明」の中身が無いまま言葉だけ一人歩きしかねないことへの思いの至らなさ。この2点において、私はこの人たちの言葉遣いはつくづく日本的だと思う。先ほど書いた、地震多発国日本における原発稼働のこのうえない危険性そのものが、「説明」によって消えてなくなるとでもいうのだろうか?この国では、原発の問題に限らず、社会のさまざまな場面で「説明を尽くす」とか「誠心誠意説明させていただく」といった表現が多用される。それも社会的に指導層に属する人たちによってだ。こうした表現が如何に中身を伴わないものであるかについて、恐らく当人は薄々は気付いてはいるのであろう。問題はむしろ、こうした表現(言葉遣い)を許容するある種の寛容さ、あるいは保留的態度が国民に染みわたっていることの方にあるのかもしれない。


 政治上の発言ばかりに言及したが、大飯原発の再稼働に反対することは、あまりにも当然の科学的判断に基いた態度表明である。

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