「間違ってもネトウヨとは付き合ってはいけない」


 前回のブログで、安倍政権/安倍首相を支持するのに必要な特別な事情と支持者層の分類について、まとめてみた。後者について再掲する。


 ①政権ステークホルダー
 この層が最も分かりやすい。具体的には、直接安倍首相と会食を交わしている財界の人々、安倍政権から利益を得ている大企業の首脳が該当する。当然のことながら、これらの人々は現代日本産業界のトップ・オヴ・エリートであり、ほとんどが高学歴を有する優秀な面々である。安倍政権がこの国の民主主義を脅かす最大の存在であることを理解出来ないはずは無いのにも関わらず、社会的ポジションを死守することと度外れな拝金主義思想により、安倍政権のイエスマンであることを止められない状態にある。同様に高学歴を有する優秀な人々である、研究者や評論家、弁護士をはじめとする知識人、そして、作家といった層のほとんど(例外的な人々は安倍政権と利害関係にある)と鮮やかなコントラストを成していると言える。


 ②ドブ板受け入れ選挙民
 ごく大雑把に言えば、地域コミュニティのしがらみと利権の中で支持している層である。土木業界の社員とその家族、明るみに出ていない賄賂を受け取る住民、農協職員といった層が代表的である。小渕優子議員を「地域家族」的メンタリティで支持している高齢者などは分かりやすい例であり、全国的にも知れ渡ることとなった例でもある。


 ③惰性的支持者
 あえて「惰性的支持者」と書いたが、後述する「消極的支持者」とは区別している。あくまで自己の強い意志によって支持している層である。安倍政権であるからこそ支持するというより、戦後長期政権として安定した社会を築いて来た政党(それは一面では正しい)としての自民党を、まず支持している。安倍政権がもたらした日本の壊滅状態には目をつぶり、過去の自民党政権の長所のみを見ようとする人々が多いようである。


 ④消極的支持者
 この層に属する人々が最多人数を占めているのではないか。自民党も安倍政権も良くないのだが、他に代わる政党、首相が存在しないので支持するという人々である。選挙で自民党に投票はするが、本意でしているのでは無さそうである。3.11以降、脱原発主義者に対して原発に代わるエネルギーを示すよう求めた層の一部が、この層に該当するのではないか。


 ⑤ネトウヨ
 言わずと知れた、ネット界で最もキワモノ的関心を持たれる自民党支持者層である。ネトウヨの定義ははっきりしていないが、ここでは上述の支持者層とは区別して考えたい。この狭義の「ネトウヨ」は一般に熱狂的安倍政権支持者/安倍首相支持者と見做されており、カルト宗教信者とよく比較される他、英語版Wikipediaも存在するほどである。しかし、この層には実際には大別して2つあると考える。一つ目は真正のネトウヨ、そして二つ目は「ビジウヨ」(ビジネス右翼)と呼ばれる人々である。後者の代表は、「自民党ネトサポ(自民党ネットサポーターズクラブ)会員として、ネット上の安倍政権/安倍首相への批判的書き込みを片っ端から削除し、逆に礼賛書き込みを多数行って報酬を得ている人々である。したがって、この層にはイデオロギーや思想を全く持たない者も多く含まれるということになる。
 ここで特記したいのは一つ目の真正ネトウヨである。特段金銭的享受に与れる訳でもなく、コミュニティに属しているとも思えず、自民党の歴史に対して特別な位置付けを行っている③のような層に属していないであろうに、安倍政権/安倍首相を支持することには、際立って特別な事情が要ると考えられるほかない。
 私がこれまで得た直接の経験から言えば、やはり巷間言われるような傾向を持つ人々がネトウヨになっていることは明白である。その傾向に私見を加えると、


●権威や権力に弱い
●理性よりも感情で動く
●他人の悪口が多い
●独善的である
●それにも関わらす、あるいはそうであるからこそ、自身の仕事や学業の能力においてコンプレックスを持っている
●そのことが社会に対するルサンチマンに転化/転嫁を遂げている


とまとめられる。真正ネトウヨは最悪の社会、強く批判されている安倍政権/安倍首相という「権力装置/権力者」と精神的に一体化することによって自身を強者であると意図的に錯覚させ、全能感に陶酔する中で、安倍政権/安倍首相批判者に対して激しく毒づくのである。しかしその一方で、批判者の理路整然とした反論にはまともに答えられず、沈黙するか逃げ回るかのどちらかである。


 以上の事柄は統計学的な調査を踏まえたものではなく、あくまで私が摂取し得るメディアの情報と、周囲でじかに観察した経験を踏まえたものであるのだが、それでもあながち的外れでも無いだろう。


 私が普段付き合いのある人々は、仕事柄そのほとんどが音楽家をはじめとするアーティスト、そして研究者であり、職業別人口で言えば圧倒的に多い会社員や公務員等と比べて、安倍政権/安倍首相支持者は極めて少ないと言えるだろう。職業別人口比以外で特筆すべきことは、安倍政権/安倍首相を支持することとクリエイティヴィティを持ちつつ表現活動を行うこととは両立し得ない点である。それでも、音楽家を含むアーティストの中で安倍政権/安倍首相支持者に数人ではあるが出会ったことがある。それらのうち2人の音楽家はまさに「ネトウヨ」であった。1人はゲーム音楽作曲家/大学講師(洗足学園音楽大学)で、私のかつての音楽理論の師匠である。彼はこれまで、把握している限りで私を含む数人に対して原発問題をめぐる執拗なハラスメントを繰り返していた。私は数年前にそのことを理由に縁を切らせていただいた。もう1人はここ数年仕事で付き合いのあった合唱指導者/ヴォイス・トレーナー/障害児者の音楽レクリエーション指導者/ソプラノ歌手である。仕事ではお世話になったが、政治に関する事柄とは別の執拗なハラスメントにより昨年縁を切らせていただいた。この2人はさまざまな点でネトウヨならではの性格上・思考上の際立った特質があり、その酷似ぶりには甚だ驚かされたものであった。そのほんの一端は上記分類の⑤に述べたごとくである。


 さまざまな人々の情報と私自身の経験をもとにすれば、上記分類の①~④であれば友人知人、仕事上の協力者等として付き合うことは可能であるが、⑤の場合は無理である。⑤の場合の例外は、「ネトウヨを卒業すること」が可能な40歳以下-この年齢設定については、かつて東京新聞でそのケース・スタディが紹介がされていた-である。上記の2人も、1人目の方が50歳代で2人目の方が60歳代であるので、「卒業」を望むには歳を重ねすぎている。


 私自身の経験をもとにして言えば、アーティストの中でネトウヨの割合が相対的に低いのは美術、演劇畑の表現者であり、音楽家の中で同様に低いのはロック畑の表現者である。上記の合唱指導者(他)は、美術家が反政権運動を行う理由として、表現で食べていけないので名を売る為であると断定していた。ある種の売れ筋本のタイトルのスタイルを意図的に借用したこのブログのタイトルは、経験上ネトウヨは政治に関する事柄であれそうで無い事柄であれ、いずれ必ずや理不尽な暴力的行為を揮うので、絶対に付き合ってはならないという強い警告の意を自戒とともに込めたものである。

2 thoughts on “「間違ってもネトウヨとは付き合ってはいけない」

  1. 今日読んでる本『grit』の中にあったのですが成功する為にある実践力のタイプで、いくつかある
    自己陶酔性の執着型グリットの持ち主なのだろうな、と思います。
    そして同じように学歴コンプレックスを持っていてそれでいて自己陶酔型、の支持者を持ち
    自信過剰、強情という自己の能力を超えた誇大妄想的政治目標をかかげるあたりも、非常にそのタイプに当てはまる、つまりは有害なグリットの持ち主なのだなと納得しました。その傘下にある企業や組織にもその姿勢が移行してしまっているのが問題なのだと、、。その実、現政権には意義のある目標も目的もない、それでも止められない虚偽の政権なのでしょう。

    • コメントをありがとうございます。レスポンスが遅れてしまい、失礼いたしました。
      まさにおっしゃる通りだと思います。
      根拠の無い自信過剰と強情は、通常コミュニケーション相手との間に大きな軋轢を生みます。
      現政権のトップたる首相とその追随者たち同士であれば、お互いに共通の利益関係で
      強固に結ばれていますから軋轢は無いのでしょう。
      ですが、一歩その外部に出て一般のひとびととコミュニケーションを取ろうとすれば
      話は別です。
      それどころか、安倍政権中枢部が持つ最大の問題は、野党議員や一般国民との間に
      コミュニケーションそのものが成立し得ないという点です。
      それは国会答弁や記者会見を見ていれば、まともな人間であれば誰もが嫌でも
      気付くことです。
      彼らが発する言語の集積の特質を一言で言えば、コミュニケーションを拒絶すると
      いうことです。
      それらは、客観的に間違っていてもそれを間違いとは認めず、批判に対しては
      まともに答えず、所謂「ご飯論法」でもって逃げ回るものばかりです。
      極め付けは、「私は総理大臣であるから間違ったことは決して言わない」という
      発言でしょう。
      こうした撞着語法が平気でまかり通る議会というものを、われわれは一体どう
      捉えたら良いのでしょうか?
      国会議員は国民の代表であるのにも関わらず、反論やさらなる追及を拒絶する
      発言を弄するというのは、選挙で選ばれたとはいえ、国会議員としての正当性を
      もはや有していないのではないかと思います。
      昨今よく知られるようになった用語で言えば、彼らは「サイコパス」が当てはまる
      ひとびとの集まりであることは間違いありません。
      一刻も早い政権交代が必要ですが、そこまで強い意思表示を国民が出来るのかどうか、
      些か心もとないです。

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