誰の為に投票するのか?


 現政権による衆院解散総選挙が目前に迫ってきた。原発再稼働、特定秘密保護法(昨日施行された)、集団的自衛権等、留まることなく突き進む現政権に対して、国民が選挙で明確に反対の意志を表明することが出来る数少ない機会である。上記の諸政策を争点化しない与党の「本音隠蔽」の態度(それは例えば、原発を推進するあらゆる当事者の推進の言い分と相似形だ)に異議や不快感を持ちつつ投票する人も、それなりにいるだろう。私自身がまさにそうだ。


 今回の選挙においてもまた、メディアによって低投票率が予想されており(メディアによるプロパガンダ効果が功を奏して史上最低の投票率にまで下がるのかどうかは不明だが)、周知のように、小選挙区制の特性と棄権者多数による「成果」は実証済みであり、首相と与党が低投票率を望んでいるのは明らかである。「一票の格差」問題に起因する選挙そのものの有効性についての論議や、不正選挙(票の操作)の可能性が存在しはするが、現政権による危険な政策に異議を持つ人は投票に行く必要があると思う。一方、異議を持たない人の中には、これらの政策とは関係なく強固に与党を支持している人もいるだろう。しかし、特に与党を支持しているわけではない人にこそ、次世代の為に長期的視野で政策を考えて欲しいと切望する。原発問題に引き寄せて言えば、例えばメディアのインタヴューによく登場する、原発再稼働を要望する立地自治体の商店主は、生活や生存ということについて現在の一点という視点でしか見ていない。投票という行為はまず、自分自身や自分らの世代の為ではなく次世代の人たちの為にある。長期的視野に立っての思考をしにくいのは日本人の民族的特性であるが、これは克服されなければならない。投票に対するニヒリズム-選挙そのものに対する無関心は言うに及ばない-と短期的視野が、日本そのもののサステイナビリティを崩壊させかねない。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です