最近はブログの更新を怠っているが、意見発信そのものは続けている。以下の麻原死刑囚への死刑執行に関しての文章は、facebookに「公開」仕様にて投稿したものであるが、こちらに転載することにした。何故なら、オウム真理教事件の死刑囚死刑執行について巷間でよく言われていることとは異なる視角から考えている人間が、一人でも多く存在するということを可視化したいと考えるからである。
~以下、コピペ開始
以下、少しだけ長文となります。
麻原とその元弟子たち合わせて7人に死刑が執行されました。
オウム真理教関係の新聞記事は、地下鉄サリン事件以降今にいたるまで、全てに目を通してきました。
朝日新聞記者だった降幡賢一氏による、真摯かつ誠実さ溢れる「オウム法廷」シリーズも全て読み、この一連の事件の闇の深さについてはいつも考えさせられてきました。
確かに地下鉄サリン事件は戦後最大のテロリズム的凶悪殺人事件であり、麻原の凶悪性と異常性については語られ尽くしていますし、遺族による処罰感情も想像出来ます。
そのうえで批判覚悟で書きますが、麻原のような凶悪殺人犯でさえ、死刑にすべきではありません。
他の6人に関しては言わずもがなです。
死刑は国家による殺人にほかなりません。
あまつさえ、この国では処刑時に多大な苦痛を伴う絞首刑が採用されています。
司法の世界では可視化の必要性についてようやく言われ始めましたが、死刑については現場が実況されることはもちろん(その点は仕方ありませんが)ありませんし、死刑執行に関する具体的な情報については一切報じられることはありません。
それでは想像してみましょう。一個の生命、尊厳を持った人間が、目隠しをされ、天井から吊るされ、踏み板を外され、失禁しながら窒息死するのを、「理性」を持った人間であるには違いないであろう刑務官が、国家権力の行使者として代行的に目撃するのです。まずボタンを押してから息が絶えるまでの数分間。
執行のギャランティーは一回につき3万円だそうです。
それで、大体30~50回ぶんの食費に充てることが出来るでしょう。
髙いのか安いのか。
どんな仕方であれ、一人の人間が殺される場面というのは、非常な悲しみを生み、凄惨さでもって血塗られるのです。
しかし、どんな凶悪犯罪者もまずたっぷりの空気を吸い、オギャーと泣き、母親をはじめ周囲の祝福を受けながらこの世に生を享けるのです。
虐待をする親も居ますが、大抵は親をはじめとする大人たちの愛情を受けてすくすくと育ちます。
もちろん、遺族が殺人犯を死刑にして欲しいと思う気持ちは充分想像出来ますし、気の毒でなりません。
この国では、オウム真理教事件、なかんずく地下鉄サリン事件以後、凶悪犯罪者に対する処罰感情が一気に高まったのは間違いありません。
私自身にしても、例えば吹田市の池田小学校児童殺人事件の犯人や、女子高生コンクリート詰め殺人事件の犯人には、心情的には同じ目に遭わせてやりたいと思います。
あくまで、心情的にです。
実際に一般市民はもちろんのこと、遺族が手をかけて殺人犯を殺したという話は聞きませんし、殺す勇気は普通持ち得ないものだと思います(前近代における復讐ではありませんし)。
それではと、自分の手を汚さず国家に殺してもらうべく、死刑制度の存置を望む国民が80パーセントだか90パーセントにも上るというこの国の民意には、並外れた異常性を感じざるを得ません。
先進国で死刑制度を事実上存置しているのはアメリカの一部の州と日本のみであると言われています。
(社会的にも芸術的にもアウトサイダーである私は、社会の通例とは異なり、民主主義の確立していない日本を先進国とは呼ばず、経済先進国、産業国というような呼称を用いています)
死刑制度に疑義を持つ法相が死刑執行を先送りにする例もあるなか、上川陽子法務大臣という人物は戦後最大の凶悪事件における主要な犯人・死刑囚であるがゆえに、社会の処罰感情が際立って高いであろうことを利用し、いっぺんに7人もの血の通った人間たちを(反省を示している死刑囚を含め)、殺害しました。
このショックを私は生涯忘れないでしょう。
日本の処罰制度は世界的に見て本当におかしいです。
無期懲役の犯人は半生を悠々と過ごすことが出来る一方、死刑囚は日々死の恐怖に怯えて過ごします。
教誨師は「その日」を迎えるにあたっての心構えやら生き方やらを指南します。
まあ言葉は悪いですが、彼(/彼女?)は麻酔剤や鎮痛剤の役目を持っている訳です。
殺人を正当化する為の最後の砦を担う職能ーそれも、その「人道」ぶりとセットでーがちゃんと存置されているとは、まるで「暗黒の中世」です。
何故、死刑制度を廃止して代わりに終身刑制度を設けないのか。
国民の処罰感情が強いから死刑制度を廃止するというのなら、もっと他の政治的課題について国民の声に耳を傾けよ!
そうで無いと一貫性がありません。
なお、この投稿では、真相を解明せずにさっさと死刑囚たちを殺害してしまったことの浅はかさと、アベによる数々の政治的専横を隠蔽し、執行時期の選択を天皇陛下に責任転嫁する政権の酷薄さと身勝手さについては、言及しないでおきます。
というのも、この数十倍の長文になりそうなので。
アベへの言及ついでに最後に少々。
麻原の犯罪はアベの犯罪に比べればマシだということを、読んで下さったかたがたに不快感を与えたり、あるいは非難されたり嘲笑されたり、FBFが減少したりすることを承知のうえで指摘しておきます。
今や、麻原とその信者の関係は、アベとその支持者の関係に置き換わりました。
多くの国民がアベ政治のせいで命を落としています。
それでも、彼は平気です(彼は「兵器」だから?今、そう変換されました)。
本当の愛国者であれば、アベを糾弾するはずです。
彼は保守本流から大きく逸脱しています。
~以上、コピペ終わり