敗戦後75年の既視感

 1945年8月6日の広島原爆、9日の長崎原爆と、2020年の8月から日本の敗戦後75年の季節を迎えている。今やニューヨーク・タイムズが原爆投下必要論を否定し、その無意味さを問う一方で、日本国内では政府が非核化を拒絶するなど、真の平和に向けた国の構築に対する無関心が国全体に広がらないものかと懸念する事態である。アジア太平洋戦争が完全に失敗であったことを認めないことには、非戦や平和の議論も出来ないどころか、戦争の勃発可能性を払拭出来ないでいる日本政府の動きに加担することにさえなりかねない。あの戦争の開始そのものを回避出来なかった失敗、戦局が急激に悪化した1942年の時点で撤退し終結出来なかった失敗、兵站をまともに整備せずに兵士を戦死以前の餓死に追いやった失敗、「逃げるな、火を消せ!」の防空法によって大勢の国民を見殺しにした失敗、沖縄地上戦における県民への自決強要の失敗・・等々、数え切れないほどの失敗を犯したうえに、それらを検証することを政府は怠り続けている。無知と無計画、利権追求、国民の生命軽視による75年前の大失敗は異なる形で繰り返されている。水俣病をはじめとする数々の公害病、ハンセン病対応、原発事故、そして今回の新型コロナウィルス感染症対応の失敗と、異なる場で異なる形によって引き起こされたものではあるものの、その失敗の本質はいずれも変わらない。あの戦争は「自由民主党」(当然、当時は存在していなかった)が引き起こしたものでは無いが、自民党が関わろうがそうで無かろうが、この国には政府にせよ他の機関にせよ、大失敗を検証せず懲りずに何度も繰り返すという民族病が存在する。勿論、戦後一貫してこの国に君臨して来た事実上の独裁政党は自民党である為、この政権与党が引き起こした大失敗は数多い。上記の幾つかの例も、多かれ少なかれ自民党が積極的に関与することによって引き起こされた大失敗である。目下進行中のコロナ禍に関しても同様のことが言える。クルーズ船「ダイヤモンドプリンセス」内における防疫の失敗を端緒として、ほとんどありとあらゆるコロナ禍対策は失敗して現在に至っている。検査利権が得られないPCR検査の抑制、コロナ専門病院の建設先送り、補償を伴わない店舗への休業要請、旅行利権を貪る為のGoToキャンペーン等はその代表的な例である。

 この国の、失敗を学び検証することをしない民族病と、その代表的患者である自民党の愚について、敗戦への思いとリンクさせて考えざるを得ない。この国は永続的に失敗をし続ける国なのかと。

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