敗戦80年を期して作曲した子ども向けのピアノ曲『架空の国のお話』(カワイ出版刊)の動画が公開された。一般社団法人日本作曲家協議会主催によるアニュアル・コンサート「こどもたちへ」は今年で40回目の開催となる歴史的なコンサートである。この催しは、原則的に毎年決められたテーマに従って作曲家が楽曲を提供する形式となっており、今年のそれは「世界の国」であった。そこで筆者は、特定の国ではなく想像上の国をテーマにすることを即決したのであった。周知の通り、日本が敗戦してから80年間、世界では戦争の絶えることは無かった。あまつさえ、ここ数年間ロシアとイスラエルが引き起こした戦争が苛烈の度を極め、子どもを含む大勢の死傷者が出ている。そんななか、こうした傾向に拍車をかけるように、日本においてもまた為政者たちにより、思慮を持たぬ一部の国民の情緒に訴える形で戦争の準備が鼓舞され、既に後戻りの出来ぬ領域へと足を踏み入れつつある。その愚策にはこともあろうに、米国といった日本には無関係な他国(米国は同盟国などと言う勿れ)への戦争協力も含まれる。作曲家を含む芸術家が己の作品を通じ、戦争阻止に向かって実効性のある意思表明を行うことは不可能であるが、少なからぬひとびとに向かって、反戦への意思の共有と連帯を直接的/間接的な仕方で呼び掛けることは可能である。それ無くしてどうして、反戦思想を記した作品がこれまでに少なからず発表されて来たであろうか。
さて、件の拙作は、戦争を引き起こそうとする大人たちが存在しないが為に平和を享受し得ている想像上の国を描いたものである。とは言え、戦争以外の不幸や悲しみは社会のあらゆる次元において存在している。そもそも音楽というのは、たとえ子ども向けのものであっても、プリンシプルとしては明暗の要素の双方があってはじめて存在し得えるものであると考えている。本作における「暗」の要素は、短調(minor)への一時的な傾倒や、長調(major)の清澄なメロディーの奥に潜んでいるかの如き悲しみのニュアンスに表象されていよう。
ところで、アニュアル・コンサート「こどもたちへ」にて筆者が作品発表をしたのは、今年が2020年以来5回目であった。これまでに『氷上のエチュード』(スポーツ)、『仲直り』、『東横特急、快走!(電車遊び)』(外遊び)、『古風なリゴドン(クラヴサン弾き)』(楽器)、それに今回『架空の国のお話』(世界の国)を発表して来ている(括弧内は各年のテーマ。記載の無いものはテーマ無し)。筆者は2010年より、横浜市内の保育園の卒園児に向けた合唱曲を40曲以上作曲して来たが、その中で、子ども向けにピアノ曲を作って世に出すことにも関心を覚えるようになっていた。合唱曲提供先の保育園は、極めて独創的でリベラルな反戦平和教育の方針とその実践で知られる名保育園であり、その延長で子ども向けピアノ曲を作り、発表することは、ごく自然なことであったのかも知れない。